移動の自由
さてさてここは、
車がないとかなり移動が制限される場所。
(バスは夏の間以外あまり運行していない)
4キロ先の最寄り町までの移動の自由を手に入れたくて、自転車購入を考えるほど、
私にとって「自分の意思で動ける自由」は大事なもの。
わかっていたことだけど、
島内の移動の不自由さを侮っていたw
体力作って4キロくらい軽く走れる体になるってのも手だけどね。
東京にいる頃は、好きに移動ができたのでありがたみを忘れていたけど、
「移動の自由」は、”自力で達成する喜び”をくれていたんだなと感じる。
ちょっと大げさに書いているけど。
で、思い出したのが、高齢者に関わるような団体で働いていた時、
「楽しみはなんですか?」という質問に
「買い物」とか「お茶しに行くこと」と答えていた高齢者が結構いたこと。
「自分の意思で、心が触れたタイミングで行く/心が求めるものを選ぶ」部分が喜びだったのだろうなと思う。
それがコンビニでお菓子を選ぶことでもタバコを買いに行くようなちょっとした行動でも。
QOL向上のために何か施策を・・と考えると、
そこにたどり着いてもらうまでの「移動手段」が必ずネックになっていたことも思い出した。
免許を失ったり、健康を失ったりして自分で買い物すら行けなくなったら
自己肯定感もきっと下がるんだろうな、と思う。
トラベルヘルパーという仕事があったけど、
「〇〇に行きたい」という意思に基づいて
そこに寄り添う素晴らしいサービスだったなぁ、と思いだす。
自動運転や、ロボティクスやいろいろな技術に期待。
とはいえ、目下オールドファッションな自転車の方がもらったら嬉しいけどw
今自家用車が手に入ったら、天にも昇る気持ちになりそうw